【絵】昔のアカウントにログインした話【絵を長年描いている者の記録】

酔っぱらった状態での短い記事です

昔のPixivアカウントになんとなく(5年以上ぶりぐらいに)ログインした時の気持ちです

誰か興味あるのか分かりませんが

自分が描いた絵ははっきりと覚えている

かなり久々にログインしたつもりでしたが、アップロードしていた絵は全部明確に覚えていました

「あ、こんな絵描いたな~~」という絵は全くなくて、逆に新鮮味に欠ける気持ちでした

このアカウント以外に手元に保存していた昔の絵をたまに見ていたというのが大きいと思いますが、

それにしても意外と覚えているものだなぁと…

(人間ってほんと自分の事好きだなぁ、ワイだけか?)

絵を続けている人は意外と少ない

昔のPixivアカウントのブックマークを漁るというのをやったのですが、これはほんとに5年以上は多分やっていなくて新鮮でした

どの絵も記憶には割と残っていて、今見るとここが微妙だなと思う所もあったり、しかしそのうえで当時その絵を見たときのここが良いなと思った感情がはっきりと蘇ってきました

しかし悲しいことに、最新作が数年以上前だったりという人がおよそ半数でした

当時今でも記憶に残っているような情緒を動かす絵を描けたような絵師さんでも絵を続けるというのはとても難しいことなんだなぁと思いました

逆に最新作が最近の絵師さんはTwitterアカウントを見てみても数十万人のフォロワーをかかえる有名人だったりっていうことが多い感じでした

継続って大事だなぁと…

あと、自分の見方が偏っている可能性もありますが、描くのを辞めてしまったっぽい絵師さんは本来の作風(だと自分が思っていた魅力的な傾向)を捨てて(?)みんなが喜ぶような絵、例えばエロに寄せたり特定の版権絵しか描かなくなったりという人がわりと居た気がしました

これも勝手な解釈ですが、世間に迎合することで絵を描く楽しみが減ってしまったのかなという感じがしました

最近あったこと

最近はゲーム業界でフリーのプログラマーとして働いているのですが、昔好きだった絵師さんが自分の手伝っているインディーゲームのアイキャッチイラストを描いていて、「うおーーー!」ってなりました

そのゲームの制作者の人は良くしてもらっている知り合いなのですが、その絵師さんの事を聞くと色々あって地元に帰ったりという感じで少し聞いただけですが常に右肩上がりという訳ではないようでした

絵を完全に辞めているわけではないのですが自分よりTwitterのフォロワーが少なかったりと実力相応の評価を受けているとはとても思えないような感じになっていました

もしかするとそのような評価など必要のない次元に進まれているだけかもしれませんが、そうでもないとするとなんだかなぁとぼんやり思ってしまいました

この経験を経て

絵を描いていると画力など絶対的な軸を基準に様々な人たちが同じように絵に対して評価を下していると思いがちだと思います

しかし、人が絵に対して下す評価というのは趣味趣向はもちろんのこと、そのほかに年齢や時代のコンテキストなどによって大きく変化し、しかも初めてその絵を見た時のファーストインプレッションは時を経ても色あせなかったりと、かなり人間臭い評価基準だと思いました

つまり、人がどういう絵が好きかというのは人それぞれなうえに刻々と変化して、しかも思い出補正がかかったりするという感じです

絵を描くときに他人の評価が気になるのはもちろんのことだと思いますし、それを全く気にせずに描くというのはなかなかできないし、そんなことをしたら変な絵になりそうという前提もありつつですが

自分が一番大事なんじゃないかと思ったのは、自分の創作スタイルを捨てて急な方向転換をしたりせずに、初志貫徹で自分が現在描きたいものを最優先してそれをひたすら継続して見てもらい続けるということじゃないかと思いました

見てもらい続けることで上がる評価の幅が絶対的な画力上昇(があるとすればそれ)の比ではないところが、絵の評価の人間臭いところだなと思います